今日の行き先
訪問日:2026年6月25日(木)
場所:石狩市浜町
天候:晴れ
移動手段:BMW 320d
カメラ:Sony α7 V / FE 24-70mm F2.8 GM II
前日はバイクでふくろう湖と当別ダムへ行った。今日は車で、海の方へ向かった。
山の緑とは違う、草の広がり。湖の青とは違う、遠くに霞む水辺。
ハマナスの丘公園は、整えられた観光地というより、少し荒れた自然がそのまま残っている場所だった。派手ではない。でも、そこに立つと、海の近くまで来たことが分かる。
草の中の道
車を停めて、草の中へ入っていく。

足元には砂利道があり、左右には草が伸びていた。風に押されるように、草の先が同じ方向へなびいている。
空は青かった。けれど、前日の当別湖の青とは少し違った。湖の青は澄んでいて静かだった。石狩の青は、もっと乾いていた。
空が広すぎる。草原も広すぎる。どこを切り取ればいいのか、少し分からなくなる。
カメラを構える。でも、画面の中に入れると、目の前にあった広さが少しだけ小さくなる。風は写らない。草の揺れも、その場にいる時ほどは写らない。
今日はあまり撮れなかった、と思った。それでも、何枚かシャッターを切った。撮れなかったことも含めて、この場所の記憶なのかもしれない。
海へ続く木道
草原の中に、木道が伸びていた。
まっすぐではなく、少しだけ曲がりながら先へ続いている。その先に海があるのか、川があるのか、遠くからはよく分からない。ただ、そこへ向かって歩いていくための道があった。目的地が分からなくても、道があれば歩ける。それだけで、十分な気がした。
道は、写真の中で時間を作る。手前が今で、奥がこれから先になる。
ふくろう湖の橋でも、同じことを感じた。ハマナスの丘でも、まず目に残ったのは木道だった。草の中に敷かれた、細い一本の道。
どこかへ行くための道なのに、急ぐ感じはない。ただ、歩いていけばいい。今の自分には、そういう道の方が合っているのかもしれない。
灯台が見える
草の向こうに、赤と白の灯台が見えた。

自分で少し歩いて、風の中に立って、ようやく場所の輪郭が見えてくる。石狩らしい景色だと思った。
灯台は、草に隠れるように立っていた。赤と白の縞模様が、青空の下に浮かんでいる。海を見張っているというより、草原の奥で静かに待っているようだった。
ハマナス
足元には、ハマナスが咲いていた。
濃いピンクの花の中に、小さな虫がいた。

花だけを撮ろうとすると、きれいな写真にしようとしてしまう。けれど、虫が入ると少し違う。そこに、ちゃんと自然がある。
きれいに整えられた花壇の花ではない。海辺の草の中に咲く花だった。その少し荒い感じが、この場所には合っていた。
今日の一枚
今日の一枚は、木道の写真にした。

草原の中に伸びる白い道。その先に、水辺と空がある。
ハマナスもあった。灯台も見えた。遠くには海もあった。でも、いちばん心に残ったのは、そこへ向かって歩いていくための道だった。
写真に写らなかったものがある。風の強さ。草の匂い。足元の砂利の音。だから、言葉で少しだけ拾っていく。撮れなかった景色にも、意味はある。
道の駅の向こう側
帰り道、車の中は静かだった。BMWは外の風を直接受けない。けれど、窓の向こうには、まだ石狩の草原が続いていた。
草の中を歩いたこと。灯台を見たこと。ハマナスの花に、小さな虫がいたこと。木道の先に、海があるように見えたこと。
近い場所でも、まだ知らない景色がある。行くたびに、少しずつそれが増えていく。
エンジンをかける。バックミラーの中で、草原が少しずつ遠ざかる。今日の景色をひとつ持ち帰る。
道は、まだ北へ続いている。
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