以前、トライアンフのボンネビルT100 Blackに乗っていた。
黒い車体にブラウンのシート。丸いヘッドライト。細身のタンク。
見た目はクラシックだ。だが、中身はちゃんと現代のバイクをしている。というより、現代のバイクがクラシックを上手に演じていると言った方が近いかもしれない。
その演じ方が、トライアンフは上手い。いい意味で。
シフトインジケーターがある。フューエルメーターもある。見た目は昔風なのに、乗っている側はきちんと今の便利さを受け取れる。エンジンまわりにも、キャブレター車を思わせるような造形がある。古いバイクが好きだった世代の視線を、実によく分かっている。
要するに、おっさんホイホイなバイクである。
私が連想する似た立ち位置のバイクは、Honda CB1100あたりだろうか。もちろん性格は違う。だが、「こういうの、好きでしょう?」と昔のバイクを知る世代へ差し出してくる感じは、どこか似ている。
そして、私は見事に引っかかった。
一生乗るつもりだった
ボンネビルは、けっこうカスタムした。
バンス&ハインズのマフラーを入れた。純正アクセサリーも、かなり盛り込んだ。少しずつ自分好みにしていった。

当時は本気で思っていた。一生乗る。誓った。
誓ったはずだったのだが……。
手放した。
では、何が嫌だったのか。それが、よく分からない。
故障したわけではない。乗りにくかったわけでもない。遅くて不満だったわけでもない。むしろ逆だ。乗りやすかった。扱いやすかった。パワー感が強いバイクではなかったが、エンジンの回転フィールは滑らかで、アクセルを開ければきちんと応える。街中でも疲れにくい。長い距離も走れる。
誰かに、「クラシックな大型バイクが欲しい」と言われたら、今でも候補に入れると思う。それくらい、いいバイクだった。
でも、なぜ飽きたんだろう。何度思い出そうとしても、思い出せない。たぶん、何か決定的なきっかけがあったわけではないのだ。だから、記憶にも残っていない。
ただ気がつけば、乗る回数が減っていた。一生乗ると誓ったはずのバイクに。
おそらく、刺激だった
後から理由を作るのは簡単だ。
よくできすぎていた。優等生だった。そんなふうに書けば、話はきれいにまとまる。でも、本当にそうだったのかは分からない。
おそらくだが、刺激なのだと思う。私は知らないうちに、もう少し刺激を求めていたのかもしれない。
バイクは、ある意味で感性の乗り物だ。よく「人馬一体」と表現される。乗り手とバイクが一つになる。たぶん、それだけではなかった。少なくとも私には、そこにもう一つ何かが必要だった。
振動でもいい。音でもいい。少し扱いにくい癖でもいい。乗るたびに、自分の感覚へ何かを返してくるもの。それを私は、刺激と呼んでいるのだと思う。
一方、Forty-Eightはどうだ
今乗っているのは、Harley-Davidson Forty-Eight。2019年式。
ボンネビルとは、かなり違う。悪く言えば、重い鉄の塊である。振動も強い。メカニカルノイズも大きい。
納車して間もない頃には、重いクラッチで左腕の腱まで痛めた。術後で握力が落ちていたこともある。結局、フェザーレバーに交換した。
燃料タンクも大きくない。積載性も高くない。高速道路では風をまともに受ける。道路の継ぎ目では、身体にガツンと来る。
工業製品としての完成度だけを比べるなら、ボンネビルの方がずっと優等生に見える。
Forty-Eightは不器用だ。効率が悪い。重い。揺れる。
それでも、「ハーレーだから」の一言で、なぜか片がついてしまう。不思議な話である。

しかも今の私は、ボンネビルに乗っていた頃より身体の条件が悪い。腹部にはストーマがある。手術後は体力も落ちた。握力も落ちた。遠くまで走ることには、まだ慎重でいる。
普通に考えれば、今こそボンネビルのような乗りやすいバイクを選ぶべきなのかもしれない。なのに、Forty-Eightを選んだ。
身体は前より面倒になった。そのうえ、バイクまで面倒なものを選んだ。我ながら、あまり合理的ではない。
でも、また乗りたくなる。エンジンをかける。車体が揺れる。音がする。機械が動いていることを、身体へ直接返してくる。
たぶん私は、そういうものを求めていた。
音楽で例えてみようか
ここまで書いて、ふと思った。音楽のジャンルで例えた方が、私には分かりやすい。
もちろん、あくまで個人的な主観である。
ハーレーはZZ Topだ。
ハードロックが流れるステーキハウス。店員の腕にはタトゥーが入っている。もちろん、飲み物はバドワイザーだ。店を出て、そのまま広い道へ走り出すなら、The Doobie Brothersでもいい。
一方のボンネビルは、モッズ。特にネオモッズに近い。
Secret Affair。
The Lambrettas。
服はモッズコート。背中にはターゲットマーク。そして、カフェレーサー。
同じ「昔」を向いているようで、ずいぶん違う。
ボンネビルは、過去を上手に引用する。現代の技術で、クラシックをきれいに再構成する。一方のハーレーは、過去をまだ少し引きずっている。重さも。振動も。不器用さも。
その違いなのかもしれない。
どちらを勧めるか
誰かに、「どちらがいいバイクですか」と聞かれたら、困る。
人に勧めるなら、私は今でもボンネビルを選ぶかもしれない。乗りやすい。扱いやすい。見た目もいい。クラシックな雰囲気を楽しみながら、現代のバイクとして普通に付き合える。トライアンフは、その演じ方が本当に上手い。
一方、ハーレーは勧めにくい。少なくともForty-Eightについては、「絶対いいですよ」とは言えない。お好きならどうぞ。そんな感じである。
それでも私は、今はこちらに乗っている。
ボンネビルを嫌いになったわけではない。むしろ手放してからの方が、その良さはよく分かる。一生乗るつもりでカスタムまでした。それでも手放した。そして今は、重くて、揺れて、少し不便なForty-Eightに乗っている。
理由をきれいに説明することは、たぶんできない。バイクは感性の乗り物だから。音楽と同じなのかもしれない。
上手いか。正しいか。完成度が高いか。それだけでは決まらない。
何かが引っかかるか。また触れたくなるか。またエンジンをかけたくなるか。
そう考えると、私の中ではやはりこうなる。
ボンネビルはSecret Affair。ハーレーはZZ Top。
どちらも好きだ。
ただ今は、ZZ Topの方を聴きたいらしい。
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