道は、まだ北へ続いている。

直腸がんで、ストーマのある体になった。
仕事に戻り、バイクにまたがって、北海道を走っています。
治療のこと、暮らしのこと、写真や音楽のこと。思いつくまま、ここに書いています。
直腸がんで、ストーマのある体になった。
仕事に戻り、バイクにまたがって、
北海道を走っています。
治療のこと、暮らしのこと、
写真や音楽のこと。
思いつくまま、ここに書いています。

傷病手当金が振り込まれた。申請から入金まで

直腸癌の手術を終え、退院したことを会社の人事部に伝えたとき、傷病手当金の申請書を送るので記入して返送してほしいと言われた。

傷病手当金。

そのときの私は、名前を聞いても、どんな制度なのかよく分かっていなかった。人事部に聞くと、病気やけがで仕事を休み、給与が支払われない期間に、加入している健康保険から支給されるものだという。

そのとき初めて、働けない期間の生活を支える、こういう制度があることを知った。

たいそう立派な封筒

数日後、申請書は、たいそう立派な封筒に入って自宅へ届いた。

社員なのだから、もっと安い封筒でいいだろうに、と思った。けれど同時に、会社の外にいる人間として扱われたような気もした。

ほんの少し、寂しかった。

封を開けると、傷病手当金の申請書と、社内報が入っていた。休んでいるあいだも、会社はいつもどおり動いている。

社内報を手に取りながら、自分だけが少し遠い場所にいるような気がした。

申請書には、付箋が何枚も貼られていた。自分が記入する欄、病院へ出す用紙、会社へ返送するもの。それぞれに、何をすればいいのかが細かく書かれていた。

立派すぎる封筒に、少し距離を感じたばかりだった。けれど、その中には、人事部の気遣いがきちんと入っていた。

痛む身体で、また病院へ

まだ、手術したところは痛んでいた。

それでも、病院に記入してもらう用紙を文書課へ持っていき、文書料を支払わなければならなかった。

痛み止めを飲み、妻に車で送ってもらった。病院までの道で、車の振動や路面の段差が、そのたびに手術した場所へ響いた。

普段なら気にも留めない揺れが、退院したばかりの身体には、ひどく大きく感じられた。

病院に着き、文書課の窓口へ申請書を預け、文書料を支払った。

私が申請した休職期間は、5月24日から6月28日までだった。窓口では、まだ来ていない日について医師が証明することはできないため、6月28日を過ぎてからでなければ最終的な処理はできないと説明された。

必要な手続きだと分かっていても、退院したばかりの身体で、また病院へ来るのは少し気が重かった。

6月26日、病院から書類の郵送について電話が来た。受け取りに行くこともできたが、郵送してもらえるというのでお願いした。

書類が自宅へ届いたのは、6月29日だった。

記入漏れや間違いがないか、一つずつ慎重に確認した。自分では判断できない項目もあったが、名前や申請期間、記入欄に抜けがないことは確かめた。

それから、会社が用意してくれた返信用封筒に入れ、ポストへ投函した。

あとは、待つだけだった。

思っていたより早かった入金

郵便にかかる日数を考えると、会社に届いたのは7月2日頃だったと思う。そこから人事部が、すぐに手続きを進めてくれたのだろう。

傷病手当金が口座に振り込まれたのは、7月10日だった。

書類を会社へ返送してから、まだ二週間も経っていない。

こんなに早く振り込まれるものなのか、と驚いた。

その時点では、支給決定通知書はまだ届いていなかった。口座の入金を見て、先に支給されたことを知った。

正確な支給額は、ここでは伏せることにする。ただ、給与が入らない期間の生活を支えるうえで、決して小さな金額ではなかった。

通知書が自宅へ届いたのは、それから一週間ほど経ってからだった。

封を開けると、申請した期間、支給日数、振込先、支給額が記載されていた。そこでようやく、手続きの全体が終わったのだと実感した。

傷病手当金支給決定通知書、個人情報は加工済み

傷病手当金の支給決定通知書。個人情報、振込先、支給額は加工しています。
項目 私の場合
申請した休職期間 2026年5月24日〜6月28日
待期期間 5月24日〜5月26日の3日間
支給対象期間 5月27日〜6月28日
支給日数 33日間
病院から書類が届いた日 6月29日
会社へ返送した日 6月29日
振込日 7月10日
支給決定通知書 振込から約1週間後に到着
支給額 非公開

休職しても、支払いは止まらない

傷病手当金が振り込まれたからといって、その金額をすべて生活費に使えるわけではなかった。

私の場合、休職中も健康保険料や厚生年金保険料、住民税、団体扱いの生命保険料などの支払いが残っていた。

給与が支払われているときは、毎月の給与から自動的に引かれていたものだ。休職して給与がなくなると、これらを会社へ別に振り込む必要がある。

働けなくなっても、毎月の支払いまで休んでくれるわけではない。

給与から引かれていた頃には、あまり意識していなかった金額だった。自分で振り込むことになって初めて、その重さが見えるようになった。

治療費もかかる。食費も、光熱費もかかる。

病気になったからといって、生活そのものが一時停止してくれるわけではない。

それでも、働けない期間に一定の収入があることは大きかった。

口座に入った数字を見て、少しだけ息をついた。

これは病気になったことで得をした金でも、休んだことへの褒美でもない。

働けない時間にも続いていく生活を、次につなぐための金だった。


※この記事は、私が傷病手当金を申請したときの記録です。支給条件や必要書類、手続きにかかる期間は、勤務先や加入している健康保険、医療機関などによって異なる場合があります。