今回は、手術ではない。
切る痛みと戦うわけではない。だから今度は、何と戦うことになるのか正直よく分からない。
手術のときは、相手の輪郭が見えていた。切られた場所が痛み、少しずつ回復していく感覚もあった。
昨日より歩ける。昨日より身体を起こせる。痛みはつらかったが、何が起きているのかは分かりやすかった。
今回は、それがない。
抗がん剤治療が決まった。オキサリプラチンを含む治療だという。腹部にメスは入らないし、分かりやすい傷も残らない。
それでも、これから何かと戦うことになる。姿の見えない相手を待っているような気分だった。
冊子の中の、末梢神経障害という項目
病院から、副作用について書かれた冊子をもらった。
吐き気。倦怠感。食欲不振。冷たい物に触れたときの違和感。そして、手足のしびれ。
一通り目を通した。その中に、末梢神経障害という項目があった。
これを読んだとき、真っ先に浮かんだのは、バイクのことだった。
アクセルは握れるのだろうか。クラッチは操作できるのだろうか。
握力の低下なら、すでに経験している。手術後は左手に力が入りにくく、クラッチを握るたびに腕がつらかった。
そのために、サンダンスのフェザーレバーへ交換した。道具に助けられながら、少しずつ乗れる距離を伸ばしてきた。
だが、末梢神経障害は握力とは違う。
しびれとは、どういう感覚なのか。指先の感覚は、どの程度鈍くなるのか。冊子を読んでも、実際のところはよく分からない。
グローブをはめた手で、スロットルの細かな動きを感じ取れるのか。クラッチのつながる位置が、今までどおり分かるのか。
バイクは、手と足の感覚を使って動かす。少しの違和感でも、乗っている最中には無視できない。
短いシーズンと、戻り始めた日常
北海道のバイクシーズンは、ただでさえ短い。
雪が降れば、それで終わりだ。今年は手術もあり、まだ本格的には乗れていない。
ようやく身体を慣らし始めたところだった。往復一時間ほどから始め、少しずつ距離を伸ばしている。
バイクに乗ることが、また日常の中へ戻り始めていた。
そのタイミングで、今度は抗がん剤治療が始まる。
もし副作用が強く出れば、乗れないまま今シーズンが終わるかもしれない。そう思うと、少し焦る。
どちらが勝つのか、分からない
吐き気や倦怠感が出たとき、それでもバイクに乗りたいという気持ちが勝つのだろうか。それとも身体がついてこなくなり、乗れない自分を受け入れることになるのだろうか。
正直、分からない。まだ経験したことがないのだから、想像するしかない。
そして、想像しても答えは出ない。
副作用が軽いかもしれない。思っていたより強く出るかもしれない。何事もなかったように走れる日もあれば、エンジンをかける気にもならない日が来るかもしれない。
そのどれも、今はまだ起きていない。
今のところ、身体は動く
今のところ、身体は動く。
アクセルを握れる。クラッチも操作できる。エンジンをかければ、あの振動が身体に伝わってくる。
だから、乗れるうちに乗っておこうと思う。
冬が来る前に。副作用が出る前に。
今回の戦いが、どんな形をしているのかは、まだ分からない。分からないまま、治療は始まる。
それでも、バイクのエンジンをかけることだけは、まだできる。
今は、それで十分だと思っている。

ガソリンとオイルの混じった、あの独特の香り。
今の私には、どんな薬よりも効く気がしている。
8/12追記
7月22日、この記事でひとつの問いを残していた。
吐き気や倦怠感が出たとき、それでもバイクに乗りたいという気持ちが勝つのか。それとも、身体がついてこなくなり、乗れない自分を受け入れることになるのか。
正直、分からないと書いた。まだ経験したことがないのだから、想像するしかない、とも。
今日、退院した。
入院中、身体はしんどい時間もあった。それでも、暇な時間の方が長かった。
気づけば、スマホでバイクのYouTube動画を見ていた。メーカーの公式サイトを開いていたこともある。副作用が出ている最中でも、画面の中でエンジン音を聞いていた。
「気持ちが勝つか、身体が負けるか」。そんな問いを立てていたけれど、実際はもっと単純だった。乗れない代わりに、見ていた。それだけのことだった。
副作用の出方には個人差があると聞いた。今は軽くても、この先も軽いとは限らない。これから外来の点滴が続く。まだ、最初の1クールが終わっただけだ。
それでも、ひとつだけ分かったことがある。
バイクに乗りたいという気持ちは、消えなかった。動画を見て、公式サイトを眺めて、それで足りると思える自分もいた。乗れなくても、気持ちだけは繋がっていられる。それが分かっただけで、今は十分だった。
今シーズン、あと何回エンジンをかけられるのか。それは、これから少しずつ分かっていく。
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