CAPOX療法1クール目・前編|149.5mL/hの、2時間 - ストーマライダー
オキサリプラチンの投与が終わるころから、予定表には書かれていなかった症状が、少しずつ始まった。
薬液がすべて身体に入ったころ、左腕に変化が出始めた。
点滴を入れていた側の腕だった。
しびれは腕全体に広がっているわけではない。左腕の関節あたりまでで、じっとしているとほとんど気にならなかった。
押さえると、しびれる。
指先も同じだった。何もせずにいれば、しびれはない。ただ、触れたり押したりすると、感覚がいつもと違った。

右腕には、何の変化もなかった。
吐き気もなかった。
事前に入った吐き気止めが効いているのだろうと思った。点滴が終わった直後、身体が急に重くなるようなこともなかった。
けれど、身体の変化を最もはっきり見せたのは、腕でも胃でもなかった。
ストーマだった。
普段とは違う時間に始まった
午後二時ごろ、ストーマから排泄が始まった。
その後、午後七時ごろまで、断続的に便が出た。
一度に大量ではない。
出て、止まり、また出る。
ストーマを造設してから、自分なりの排泄のルーチンができている。
何時ごろ出やすいか。食事のあと、どのくらいで動き始めるか。量はどの程度か。
毎日見ているから、その日の動きが普段とは違うことは、すぐに分かった。
副作用だな、と思った。
まだカペシタビンは飲んでいなかった。
だから、この時点で起きた変化を、カペシタビンの副作用と考えることはできない。
オキサリプラチンの影響なのか。吐き気止めなど、ほかの薬の影響なのか。病院の食事や緊張によるものなのか。
何が直接の原因かは、自分には判断できない。
それでも、身体の中でいつもとは違うことが起きているのは確かだった。
便は次第に水っぽくなった。
落ち着いたと思えば、また出る。
断続的な下痢だった。
ストーマがあることで、その変化は隠れなかった。
始まった時間も、回数も、便の状態も、自分の目で確認できる。
ストーマは面倒なことも多い。
けれど、このときは、身体の中で起きていることを外から見るための観察窓のようにも思えた。
排泄物にも薬が残る
看護師から、排泄物の扱いについて説明を受けた。
抗がん剤の投与後は、便や尿などに薬の成分や代謝物が含まれることがある。そのため、トイレは二度流すように言われた。
ストーマの便を処理するときも、できるだけ手に付かないよう注意する。
もちろん、普段から素手で便に触れないようにはしている。
それでも、「抗がん剤を受けたあとの排泄物」と言われると、いつもの処理が少し違って見えた。
点滴の袋は、もうない。
針も抜けている。
それでも、身体の中に入った薬は、排泄されるまで残っている。
午前四時のくしゃみ
くしゃみで目が覚めた。
時計を見ると、午前四時だった。
バイタル測定は六時に来る。あと少し寝るかと思い、もう一度目を閉じた。
しかし、しばらくすると鼻水が出始めた。
鼻をかんでも止まらない。
眠ろうとすると、また鼻水が出る。
まあ、これも副作用なのだろう。
そう思った。
ただ、夜中に出るのかよ、とも思った。
身体が少し熱く感じたが、体温は36.7度。発熱はなかった。
風邪をひいたときのような感覚だった。
最初は、そのうち治まるだろうと思っていた。
しかし、朝になっても鼻水は止まらなかった。
看護師に伝え、薬をお願いした。
処方されたのは、フェキソフェナジンOD錠60mgだった。病棟では、朝と夕方に飲むよう説明を受けた。
抗がん剤治療の副作用として、自分が想像していたのは、吐き気や倦怠感だった。
鼻水やくしゃみは、ほとんど考えていなかった。
6時間続いたしゃっくり
さらに、しゃっくりが始まった。
数秒おきに繰り返す。
息を止めても、水を飲んでも、ゆっくり呼吸しても止まらない。
食事をしている間だけ少し落ち着き、食べ終えるとまた始まった。
午前中に始まったしゃっくりは、止まるまで6時間ほどかかった。
6時間、横隔膜が勝手に動き続ける。
強い痛みがあるわけではない。命に関わるような苦しさでもない。
それでも、地味に消耗する。
会話の途中にも出る。横になっても身体が跳ねる。眠ろうとしても、次の一回を待つような状態になる。
コーヒーを飲んだあとに、再び強くなったようにも感じた。
ただ、コーヒーが原因だと断定できる材料はない。
治療直後で胃が刺激を受けやすくなっていたのかもしれないし、単なる偶然かもしれない。
それでも、その日のコーヒーは捨てた。
原因だと決めつけたからではない。
いま必要のない刺激を、わざわざ身体に入れる理由がなかったからだ。

「人によって違う」の意味
土曜日だったが、医師が病室に来てくれた。
鼻水、くしゃみ、しゃっくり。起きたことを一通り伝えた。
医師は言った。
「面白い症状ですね。人によって出方が違いますね」
人による。
病気や治療の説明で、何度も聞いてきた言葉だ。
便利な言葉だと思っていた。
だが、実際に同じ薬を使っても、副作用の種類も強さも人によって違う。
医師にとっては、曖昧に逃げるための言葉ではなく、それ以上正確に言えない場面で使う言葉なのだろう。
一般的な副作用の一覧はある。
けれど、自分の身体がどれを選ぶのかは、始めてみなければ分からない。
一錠では止まらなかった
しゃっくりに対して処方されたのは、ギャバロン錠5mgだった。
薬の説明書を見ても、しゃっくりという言葉は書かれていない。
筋肉のつっぱりなどに使われる薬で、しゃっくりに対しては別の目的で使われるらしい。
正直に言えば、もっと分かりやすい薬を期待していた。
「しゃっくり止め」と書かれた薬を一錠飲めば、数分後には静かになる。
そんな単純なものを想像していた。
だが、実際の医療は、それほど分かりやすくなかった。
抗がん剤の副作用を、別の薬で抑える。
その薬で足りなければ、量や種類を調整する。
治療は、ときどき終わりの見えない連鎖に見える。
ギャバロンを一錠飲んだ。
しかし、しゃっくりは止まらなかった。
しばらく待っても、間隔はほとんど変わらない。頭も少しぼんやりしてきた。
熱はない。
6時間もしゃっくりが続いた疲れもあったと思う。
看護師にナースコールをした。
「薬が効かないので、もう一錠飲んでもいいですか」
看護師は少し考え、「薬を変えるかな」とつぶやいて病室を出た。
勝手に追加で飲むわけにはいかない。
看護師が医師へ確認し、処方の範囲を確認し、病室へ戻ってくる。
症状が一つ増えるたびに、見えないところで何人もの人と手順が動いている。
しばらくして、もう一錠飲んでよいと許可が出た。
二錠目を飲んだ。
今度は効いた。
あれほど繰り返していたしゃっくりが止まり、病室が急に静かになった。
何も起きていない状態が、ありがたかった。
初回入院が教えてくれたこと
一錠では効かなかった。
病棟へ相談し、二錠目を飲むと止まった。
この情報は、次のクールに残せる。
副作用の記録は、症状が出たことだけでは足りない。
いつ始まったか。
どのくらい続いたか。
何を飲んだか。
どの程度で効いたか。
効かなかったときに、次にどう対応したか。
初回治療は、抗がん剤を入れるだけの回ではなかった。
自分の身体が、どの薬にどう反応するのか。それを病院側と一緒に確認する回でもあった。

点滴を入れた左腕には、押したときだけしびれが出た。
右腕には、何の変化もなかった。
吐き気は出なかった。
午後二時から七時まで、ストーマから断続的に排泄が続いた。
便は水っぽくなった。
午前四時、くしゃみで目が覚めた。
鼻水は、朝になっても止まらなかった。
6時間、しゃっくりが続いた。
予定表には書かれていなかったことが、いくつも起きた。
それでも、症状を伝えれば、看護師が動き、医師が判断し、薬が届いた。
自分一人で副作用を分析し、正解を出す必要はない。
起きたことを、そのまま伝える。
それが、治療を続けていくために、自分ができることなのだと思う。
抗がん剤の袋は、もう点滴台にはない。
管も針も外れ、病室にはいつもの静けさが戻っている。
ただ、身体の中では、二時間かけて入った薬が、いまも仕事を続けている。
※この記事は、筆者個人がCAPOX療法1クール目の初回投与を受けた際の記録です。薬剤の種類・投与量・投与方法や副作用の現れ方は、病院や患者の状態によって異なります。治療や症状に関する判断は、必ず主治医や医療スタッフにご相談ください。
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