道は、まだ北へ続いている。

直腸がんで、ストーマのある体になった。
仕事に戻り、バイクにまたがって、北海道を走っています。
治療のこと、暮らしのこと、写真や音楽のこと。思いつくまま、ここに書いています。
直腸がんで、ストーマのある体になった。
仕事に戻り、バイクにまたがって、
北海道を走っています。
治療のこと、暮らしのこと、
写真や音楽のこと。
思いつくまま、ここに書いています。

針と再生 #24|山下達郎『POCKET MUSIC』

Artist:山下達郎
Album:POCKET MUSIC(1986)
Track:土曜日の恋人

『POCKET MUSIC』を買った理由は、「土曜日の恋人」が好きだったからだ。

それ以外に、たいした理由はなかったと思う。山下達郎のアルバムを順番に集めようとしたわけでも、世間で名盤と呼ばれていたからでもない。ただ、あの曲をレコードで手元に置いておきたかった。

山下達郎『POCKET MUSIC』のレコードジャケット

「土曜日の恋人」が『オレたちひょうきん族』のエンディングテーマだったと知ったのは、大人になってからだった。

子どもの頃、土曜の夜といえば、わが家ではちょっとした争いが起きた。両親はドリフ派で、僕はひょうきん族を見たかった。

「先週はドリフを見たんだから、今週はひょうきん族だ」

そんな理屈を持ち出して、親とテレビを取り合ったことを覚えている。

まだ、一つの家にテレビが二台あるのが当たり前ではなかった時代だ。見たい番組が違えば、家族の誰かが譲るしかない。

少なくとも、わが家には録画して後から見るという選択肢はなかった。その場で決めるしかなく、チャンネル権をめぐる交渉には、子どもながらの必死さがあった。

土曜の夜のチャンネルは、家族全員のものだった。

親にしてみれば、毎週ドリフを見たいのは当然だったのだろう。けれど子どもの僕には、学校で話題になる番組を見られないことの方が、ずっと大きな問題だった。

学校では、圧倒的にひょうきん族の方が人気だった。

月曜日になると、教室では前々日の話で盛り上がった。何をやった、誰が出た、どこが面白かった。見ていなければ、その輪の外に置かれるような気さえした。

なぜ、あれほど人気があったのだろう。

やはり、タケちゃんマンだったのだろうか。

正義の味方なのかどうかもよく分からない。格好いいというより、ふざけていた。

それでも、子どもの僕には妙に魅力的だった。次に何をするのか、まるで読めなかった。その読めなさが、ドリフとは違っていた。

番組が終われば、土曜の夜も終わりに近づく。

けれど、そのとき流れていた曲が山下達郎だったことなど、まるで覚えていない。タケちゃんマンに夢中だった子どもに、エンディングテーマは山下達郎だと言ったところで、覚えているはずがない。

そう思っていた。

何年もたってから、僕は「土曜日の恋人」を好きになり、その曲が入った『POCKET MUSIC』を買った。そしてさらに後になって、それがあの番組の最後に流れていた曲だと知った。

覚えていなかったはずの曲を、僕は自分で選んでいた。

曲名も知らず、歌っている人も知らない。意識して聴いていたつもりもない。それでも、音だけはどこかに残っていた。たぶん、そういうものなのだと思う。

それとも、昔の記憶とは関係なく、大人になった僕が偶然、同じ曲を好きになっただけなのか。

どちらだったのかは、もう分からない。たぶん、分からないままでいい。

レコードに針を落とす。

「土曜日の恋人」が流れ始める。そこに浮かぶのは山下達郎の姿ではなく、一台のテレビの前に集まった家族と、どうしてもひょうきん族を見たかった子どもの自分だ。

土曜の夜は、いつも少し特別だった。

翌日は学校がない。いつもより遅くまで起きていても怒られない。

番組が終わる寂しさと、まだ休みが一日残っている安心が、同じ時間の中にあった。

「土曜日の恋人」は、そんな夜の終わりに鳴っていた。

僕はそれを、ずっと知らなかった。知らないまま、ただ好きになった。それでよかったのだと思う。

針が最後の溝をたどり終えると、部屋に静寂が戻った。

レコードを盤面に触れないよう端を持って、内袋に戻す。ジャケットに収める。棚へ戻す。背文字が列に並ぶ。

また会う日まで、そこにいてくれ。

針を落とすたび、親とテレビを取り合った土曜の夜が、曲名を持って戻ってくる。

 

 

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