Artist:山下達郎
Album:POCKET MUSIC(1986)
Track:土曜日の恋人
『POCKET MUSIC』を買った理由は、「土曜日の恋人」が好きだったからだ。
それ以外に、たいした理由はなかったと思う。山下達郎のアルバムを順番に集めようとしたわけでも、世間で名盤と呼ばれていたからでもない。ただ、あの曲をレコードで手元に置いておきたかった。

「土曜日の恋人」が『オレたちひょうきん族』のエンディングテーマだったと知ったのは、大人になってからだった。
子どもの頃、土曜の夜といえば、わが家ではちょっとした争いが起きた。両親はドリフ派で、僕はひょうきん族を見たかった。
「先週はドリフを見たんだから、今週はひょうきん族だ」
そんな理屈を持ち出して、親とテレビを取り合ったことを覚えている。
まだ、一つの家にテレビが二台あるのが当たり前ではなかった時代だ。見たい番組が違えば、家族の誰かが譲るしかない。
少なくとも、わが家には録画して後から見るという選択肢はなかった。その場で決めるしかなく、チャンネル権をめぐる交渉には、子どもながらの必死さがあった。
土曜の夜のチャンネルは、家族全員のものだった。
親にしてみれば、毎週ドリフを見たいのは当然だったのだろう。けれど子どもの僕には、学校で話題になる番組を見られないことの方が、ずっと大きな問題だった。
学校では、圧倒的にひょうきん族の方が人気だった。
月曜日になると、教室では前々日の話で盛り上がった。何をやった、誰が出た、どこが面白かった。見ていなければ、その輪の外に置かれるような気さえした。
なぜ、あれほど人気があったのだろう。
やはり、タケちゃんマンだったのだろうか。
正義の味方なのかどうかもよく分からない。格好いいというより、ふざけていた。
それでも、子どもの僕には妙に魅力的だった。次に何をするのか、まるで読めなかった。その読めなさが、ドリフとは違っていた。
番組が終われば、土曜の夜も終わりに近づく。
けれど、そのとき流れていた曲が山下達郎だったことなど、まるで覚えていない。タケちゃんマンに夢中だった子どもに、エンディングテーマは山下達郎だと言ったところで、覚えているはずがない。
そう思っていた。
何年もたってから、僕は「土曜日の恋人」を好きになり、その曲が入った『POCKET MUSIC』を買った。そしてさらに後になって、それがあの番組の最後に流れていた曲だと知った。
覚えていなかったはずの曲を、僕は自分で選んでいた。
曲名も知らず、歌っている人も知らない。意識して聴いていたつもりもない。それでも、音だけはどこかに残っていた。たぶん、そういうものなのだと思う。
それとも、昔の記憶とは関係なく、大人になった僕が偶然、同じ曲を好きになっただけなのか。
どちらだったのかは、もう分からない。たぶん、分からないままでいい。
レコードに針を落とす。
「土曜日の恋人」が流れ始める。そこに浮かぶのは山下達郎の姿ではなく、一台のテレビの前に集まった家族と、どうしてもひょうきん族を見たかった子どもの自分だ。
土曜の夜は、いつも少し特別だった。
翌日は学校がない。いつもより遅くまで起きていても怒られない。
番組が終わる寂しさと、まだ休みが一日残っている安心が、同じ時間の中にあった。
「土曜日の恋人」は、そんな夜の終わりに鳴っていた。
僕はそれを、ずっと知らなかった。知らないまま、ただ好きになった。それでよかったのだと思う。
針が最後の溝をたどり終えると、部屋に静寂が戻った。
レコードを盤面に触れないよう端を持って、内袋に戻す。ジャケットに収める。棚へ戻す。背文字が列に並ぶ。
また会う日まで、そこにいてくれ。
針を落とすたび、親とテレビを取り合った土曜の夜が、曲名を持って戻ってくる。
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