道は、まだ北へ続いている。

直腸がんで、ストーマのある体になった。
仕事に戻り、バイクにまたがって、北海道を走っています。
治療のこと、暮らしのこと、写真や音楽のこと。思いつくまま、ここに書いています。
直腸がんで、ストーマのある体になった。
仕事に戻り、バイクにまたがって、
北海道を走っています。
治療のこと、暮らしのこと、
写真や音楽のこと。
思いつくまま、ここに書いています。

道の駅の向こう側 #14|義経神社で、ひとつだけ祈った

今日の行き先

訪問日:2026年8月8日
天候:曇り(出発時は小雨、日高道に入る頃には上がる)
場所:むかわ四季の館(むかわ町)→義経神社(平取町)
移動手段:BMW 320d G20
カメラ:Sony α7 V + FE 24-70mm F2.8 GM II


札幌を抜けるまでは、小雨だった。
ワイパーを忙しく動かすほどではない。降っているのか、もう上がるのか、はっきりしない雨だった。
道央道から苫小牧西ICを抜け、日高道へ入る。その頃には、雨はいつの間にか止んでいた。
空は曇り。それだけである。

道の両側に、ときどき牧場が現れる。
柵の向こうに馬影が動く。
日高が近い。
景色が、そう教えてくれる。

むかわ四季の館に着いた。

むかわ四季の館、施設外観と看板

スタンプは、館内のいちばん奥にあった。
こういうものは入口の近くに置かれていることが多い気がするのだが、ここではそうではない。奥まで歩いて、ようやく見つけた。
少し意外だった。

むかわといえば、ししゃも。
せっかく来たのだから何かないかと館内を一周したが、それらしいものは見当たらなかった。
その場でスマホを取り出して調べてみる。
旬は秋。
真夏の8月に探している自分の方が間違っていたらしい。
知らずに来た自分を、少し笑った。

帰り際、妻と娘への土産にぶどうジュースを一本選んだ。
なんとなく、飲みたくなったからである。
たしか698円くらいだった。
理由らしい理由は、それだけでいい。

次は、平取町の義経神社へ向かう。
車で30分ほど。
途中、また牧場が現れては消える。
柵のすぐそばまで来ていた一頭の馬と、一瞬だけ目が合ったような気がした。
気がしただけかもしれない。

駐車場に着くと、車は自分のBMWだけだった。

義経神社大鳥居とBMW

カメラを肩に掛け、大きな鳥居の前に立つ。

義經神社」の石柱

その奥、木々に覆われた先には提灯の並ぶ石段が続いていて、曇り空の光さえそこまでは十分に届いていなかった。
神秘的というのか、神々しいというのか。
うまく言葉にはできなかった。

鳥居をくぐり、石段を見上げる。
なかなかの傾斜だった。

提灯の並ぶ石段

登り始める。
苔のついた石段には、それだけで長い時間が染み込んでいるように見えた。両脇の提灯には、奉納した人たちの名前が並んでいる。

半分ほど登ったところで、息が切れ始めた。
体力が落ちている。
分かっていたつもりだったが、こういうところではっきりと突きつけられると、少しショックだった。
まあ、仕方がない。
足を止めて息を整え、また登る。

ようやく石段を登り切った。
太ももから力が抜けていた。
社殿は、まだ少し先にある。
ちょうどベンチがあったので、ありがたく腰を下ろした。
しばらく何もせず、呼吸が戻るのを待った。

立ち上がって境内を歩き始めたとき、小さな石造物が目に入った。
何のためのものなのか、正式な名前は分からない。
その足元に、ぽつんと何かが置かれている。
近づいてみた。

ぬいぐるみだった。
いや、たぶん、かつてぬいぐるみだったもの、と言った方が近い。
雨や雪にさらされてきたのだろう。
色は抜け、石の色に溶け込みかけている。

石のそばに置かれた朽ちたぬいぐるみ

なぜそこにあるのかは、分からない。
誰かが置いたのか。
忘れていったのか。
それとも、ずっとそこにいるのか。
答えはなかった。

そのまま先へ進み、手水舎へ向かった。
龍の口から、水が流れている。

手水舎の龍

手を清め、社殿へ進む。
両脇には提灯が並び、手前には大きな輪が据えられていた。

社殿正面

賽銭を入れ、手を合わせる。
祈ることは、ひとつだけだった。
それ以上は、言葉にする必要もなかった。

境内の小道を進むと、義経資料館があった。
今回、少し楽しみにしていた場所である。

義経資料館、外観

源義経といえば、奥州。
それなのに、なぜ北海道の平取に義経神社があり、資料館まであるのか。
それを少し知りたかった。

靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
玄関脇には、昔どこかで見たようなボンボン時計があった。
料金箱に入館料を入れ、名簿に名前と住所を書く。

入口には、アイヌの伝統行事を知らせるポスターが貼られていた。
義経の伝説と、この土地に根付いてきた文化。
同じ建物の中に、その二つが並んでいた。

奥へ進む。
源平の戦いを描いた絵。
大きな家系図。
眺めながら、学校の社会科の教科書を思い出した。
もっとも、40年以上前の授業内容など、ほとんど残ってはいない。

さらに奥には、神輿があった。
金色の装飾が、薄暗い館内でも目を引く。
その近くには、鎧と兜。細部まで作り込まれた甲冑の質感に、しばらく見入っていた。

兜の獅子面

義経は頼朝に追われ、奥州で最期を迎えたとされている。
けれど、伝説には続きがある。
義経は死なず、北へ逃れ、蝦夷へ渡った――。
史実としてどうなのかは、また別の話だ。
ただ、遠い昔の武将が海を越え、この北海道までやって来たという物語には、どうしても惹かれるものがある。
ロマンがある。
それでいいと思った。

資料館を出る頃には、気温が上がっていた。
暑い。
境内を歩いているだけで、汗が噴き出してくる。
帽子を持ってこなかったことを少し後悔した。
羽虫も、しつこく顔の周りを飛んでいる。

歩いていると、大きな石があった。
横には「さざれ石」の案内板。
沙流川産。
重さ23トン。

さざれ石

23トンと言われても、いまひとつ実感は湧かない。
とりあえず一枚撮った。
汗を袖で拭いながら、しばらくその大きな石を眺めていた。

境内をもう少し歩く。
少し離れた場所に、大木が立っていた。
幹には、太いしめ縄が巻かれている。

御神木のしめ縄

境内の中心から少し外れた、薄暗い場所だった。
目立つわけでもない。
それでも、その木の前に立つと、少し空気が違って感じられた。

今日の一枚

今日の一枚は、資料館の兜にした。
金色の装飾と、正面に据えられた獅子の顔。本物なのかどうかを確かめるより先に、カメラを向けていた。
薄暗い資料館の中で、そこだけ時間が止まっているように見えた。

道の駅の向こう側

帰り道になっても、境内で見つけた、あの小さなぬいぐるみを思い出していた。
朽ちて、石の色に同化しかけていた。
誰の忘れ物なのか、何のために置かれたのか、今も分からないままだ。ただ、あの場所で長い時間を過ごしてきたことだけは、見ればわかった。

雨の日も。
雪の日も。
誰も来ない日も。
あそこにいたのだろう。
小さな仏像のようにも見えた。
自分も今日、その前を通り過ぎた一人になった。

エンジンをかける。バックミラーの中で、鳥居が少しずつ小さくなる。今日の景色をひとつ持ち帰る。

道は、まだ北へ続いている。

---

[身体のことを考える時間は、少し前から増えていた。]

 

 

次の記事

道の駅の向こう側 #15|マオイの丘から、由仁神社へ

にほんブログ村 旅行ブログ 車旅(国内ドライブ)へ