栗山町の小林酒造へ行った。
日本酒について詳しいわけではない。酒蔵の歴史を調べに来たわけでもない。
ただ、カメラを持って敷地の中を歩いてみると、古い建物の中や庭のあちこちで、妙に気になるものが次々と現れた。
何かを探しに来たわけではなく、気づいたら足を止めていた、という感じに近い。
今回は、それを見つけた順番のまま辿ってみることにする。

駐車場から壁沿いに歩いていくと、蔦に覆われた倉庫が唐突に現れた。
入口がどこなのか、しばらく分からない。案内板も、順路を示す矢印も見当たらない。
よく見ると、上の小窓が眉毛、その下のくぼみが目、入口が口、庇が髭のようにも見えてくる。
まるでジブリの世界に迷い込んだようだった。

少し駐車場の方へ戻ると、それらしい入口を見つけた。壁には「受付」の札。
「ここからか」
独り言のようにつぶやいて、暖簾をくぐる。
頭上には杉玉が吊るされ、その先には細長い通路が続いていた。奥には緑色の絨毯が見える。

ガラスケースの中に、古い日本人形が座っていた。
よく見ると、顔の周りに蜘蛛の巣がかかっている。
人形に特別な思い入れがあるわけではないが、ふと娘の雛人形を思い出した。
新しいものなら、蜘蛛の巣を見つければすぐに払ってしまうだろう。ここでは、それすらも景色の一部になっているようだった。

さらに進むと、酒造りの展示とは少し雰囲気の違う、民家のような一角に出た。
入口には、おかめの面が四つ並んでいる。
一つひとつなら愛嬌のある顔なのに、四つ並ぶと印象が変わる。少し不気味で、でも目を離せない。
飾りとして置かれたものなのか、昔からそこにあったものなのか。境目はよく分からない。
その分からなさが、妙に気になった。

今度は、理科室のような場所に出た。ガラス管やフラスコのような器具がいくつも並んでいる。
一瞬、酒蔵ではなく化学の実験室へ入り込んだようだった。
酒造りには米と水と麹、それに職人の経験というイメージが先に浮かぶ。
けれど、これだけの器具を目の前にすると、分析や管理という科学の側面もあるのだと気づく。
曇ったガラスも、磨かず、そのままにしてあった。

大きな酒樽も積まれていた。円形がいくつも重なり、見上げるほどの量感がある。
こういう樽を見ると、式典で何人かが木槌を持ち、一斉に蓋を割る鏡開きを思い出す。
この樽が実際にそう使われたのかは分からない。
それでも、静かに積まれている樽を見ながら、かつてここに人が集まり、酒が振る舞われた光景を勝手に想像した。

建物を抜け、民家の庭のような場所を歩いていると、今度は赤い鳥居が現れた。
緑の中では、赤が驚くほど目立つ。
ちょうど海外から来たらしい観光客が、鳥居を背景に楽しそうに写真を撮っていた。
大きなカメラをぶら下げているこちらが待たせるのも悪い。先に通り過ぎ、あとで戻って撮ることにした。
酒蔵の敷地の奥に、小さな神域があるとは思っていなかった。

鳥居の横の小道へ進むと、さらに不思議なものがあった。
岩肌を覆うように、びっしりと掛けられた絵馬。
何だろう、これは。
御利益を感じるというより、最初に浮かんだのは「ひとつの作品みたいだ」という感想だった。
近づいて見ると、一枚一枚の絵柄が、歴史の教科書に出てくるような絵で、かなり凝っている。
一人ひとりの願いが集まって、いつの間にか一つの造形になっていた。

最後に直売所を覗いた。何か土産になるものがあれば買おうと思ったが、当然ながら並んでいるのは酒が中心だった。
今は諸事情で、しばらく酒を飲めない。甘酒くらいならいいだろうか。
そんなことを考えながら店内へ入る。薄暗い室内に暖色の照明。棚には酒瓶が並び、瓶とラベルには高級感があって、思わずファインダーを覗いた。
そのときには気づかなかった。
家に帰って写真を見返すと、北海道日本ハムファイターズとコラボした一本が写っていた。
ここは、古いものを残しているだけの場所ではないらしい。

一通り見終えたあと、もう一度戻って撮ったものがある。
蔦のそばに残された、大きな鉄の設備。潜水艦の一部のようにも見える。
ボイラーなのか、別の設備なのか。自分には分からなかった。
表面には赤錆が広がり、そのすぐ横で、濃い緑の蔦が勢いよく伸びていた。
最初に見たのも、蔦に覆われた古い建物だった。最後にカメラを向けたのも、錆びた鉄と蔦だった。
増毛の国稀酒造や、余市のニッカも歩いたことがある。けれど、小林酒造には少し違う空気があった。
古いものをきれいに磨き直して見せるというより、流れた時間まで、その場所に置いてある。
たぶん、自分が居心地よく感じたのは、そのせいだった。
撮影メモ
Camera: Sony α7 V
Lens: FE 24-70mm F2.8 GM II
撮影日: 2026年8月15日